B型肝炎訴訟(給付金制度)基本合意の経緯と内容について
4月27日の東京地裁の裁判期日で、全国B型肝炎訴訟東京弁護団が行った意見陳述(更新弁論)です。
B型肝炎訴訟(給付金制度)の歴史・経緯、そして特措法がもとづく国と原告団・弁護団の「基本合意」の内容・考え方について、わかりやすく解説したものになっていますので、ご紹介します。
更新弁論 2017年4月27日
東京地方裁判所民事第25部 御中
原告ら訴訟代理人弁護士 柳沢尚武
同 弁護士 瀬川宏貴
B型肝炎訴訟が基本合意に至る経緯、基本合意の趣旨、及びその内容について弁論する。
第1 先行訴訟の提起と最高裁判決
B型肝炎訴訟は、1989年6月、5人の原告が札幌地裁に提訴した訴訟から始まりました(先行訴訟)。
裁判の争点は、因果関係、つまり、原告がB型肝炎ウイルスに感染した原因が集団予防接種での注射針・筒の連続使用といえるかという点でした。
国は、この因果関係について徹底的に争い、訴訟は長期化しました。訴訟は、札幌地裁、札幌高裁、最高裁と続き、ようやく最高裁が原告5人全員勝訴の判決を出したのは、提訴から17年が経過した2006年6月のことでした。
最高裁判決の判断を簡単に紹介すると以下のようになります。
最高裁は、5人の原告について、母子感染(垂直感染)ではないことを認定した上、それ以外の感染(水平感染)の可能性については、昭和61年の母子間感染阻止事業の開始後にそれ以降の世代における持続感染者の発生がほとんど認められなくなった事実は、「一般に,幼少児については,集団予防接種等における注射器の連続使用によるもの以外は,家庭内感染を含む水平感染の可能性が極めて低かった」ことを示すものであるとして、原告らの感染原因は、幼少期に受けた集団予防接種であると認定しました。また、国の責任として1951年当時から集団予防接種において注射針・注射筒を1人ごとに取り換える義務があったのにこれを怠った過失があることを認めました。
第2 基本合意までの道のり
1 全国訴訟の提起
このように、最高裁判決は集団予防接種によるB型肝炎の感染について一般的な知見を述べたものでした。先行訴訟の原告団弁護団は、国に対し、5人の原告以外の被害者への対策を求めましたが、国は、5人のみの問題であるとして対策を拒否しました。
そこで、2008年、予防接種によってB型肝炎ウイルスに感染させられた被害者の被害を回復し、ウイルス性肝炎患者すべてが安心して治療が受けられる恒久対策の確立を目的として、全国各地で訴訟を提起しました。
2 札幌地裁の和解勧告
各地で訴訟が進行する中、2010年3月、札幌地裁において、裁判所から原告被告に対し、和解勧告がなされました。この和解勧告には、和解協議に臨むにあたり、下記のような所見が付されていました。
「当裁判所は、和解協議に当たり、救済範囲を巡る本件訴訟の各争点については、その救済範囲を広くとらえる方向で判断し、それとの相関で、合理的な救済金額を定めるものとするとの指針をもって臨むこととしたい」
この裁判所の所見は、後に述べます基本合意の精神を規定したものということができます。
3 進まぬ和解協議
札幌地裁での和解勧告を受けて、2010年5月から和解協議が開始されましたが、協議は遅々として進みませんでした。救済範囲と救済金額が主な協議事項となりましたが、国が救済金額を含めた和解案の全体像を示したのは、2010年10月のことでした。
この被告の当初の和解案を若干紹介すると、救済金額についての提案は次のようなものでした。
慢性肝炎 500万円
肝硬変(軽度) 1000万円
肝硬変(重度)・肝がん・死亡 2500万円
基本合意の水準(慢性肝炎1250万円、肝硬変(軽度)2500万円、肝硬変(重度)・肝がん、死亡3600万円)と比べて非常に低い金額であったことがお分かりいただけると思います。
また、救済範囲についても、母親死亡の場合の母子感染否定要件について、年長の兄弟1人のHBs抗原陰性かつHBc抗体陰性(低力価ではダメ)、もしくは、年長の兄弟2人以上のHBs抗原陰性かつHBc抗体低力価陽性という非常に狭い救済範囲しか認めていませんでした(基本合意では、年長の兄弟1人のHBs抗原陰性かつHBc抗体低力価陽性で要件を充たします)。
4 原告弁護団の取り組み
和解協議が進まない中、原告団弁護団は、2010年内の全面解決を目指して、全国各地での街宣行動、4度にわたる厚生労働省前での座り込み、院内集会、国会議員要請、政党ヒアリング、地方議会での決議要請など、様々な活動を行いました。また、各地で学習会、講演会等を実施した結果、各地で学生を中心としたB型肝炎訴訟の支援団体が結成されました(オレンジサポート)。東京訴訟でも、学生を中心としてシンポジウムを開催したり、山手線一周宣伝と題して山手線の全駅で街宣行動を行いました。
このような取り組みの結果、この訴訟が徐々にマスメディア等に大きく取り上げられるようになり、国会議員にもこの問題が浸透していきました。11月には衆議院厚生労働員会でB型肝炎訴訟についての参考人質疑が行われ、12月には与野党が共同でB型肝炎訴訟年内解決のための総理大臣・厚生労働大臣に対する要請を行いました。
5 裁判所による和解所見の提示
訴訟への関心が高まるにつれて、和解協議において国は徐々に譲歩をしてきました。年内解決に向けた機運が高まる中、年内ぎりぎりまで裁判所における協議が続けられましたが、和解水準や予防接種の認定方法などについて最後まで国が譲歩せず、年内解決は叶いませんでした。
年が明けた2011年1月11日、札幌地方裁判所は原告被告に対し和解所見を示しました。原告団弁護団は、所見の中身は、キャリア被害者に対する救済内容が原告の求めてきたものからすれば十分なものとは言えないなどの問題があるものの、全員救済につながるものと評価できるものと考え、「苦渋の決断」として和解所見受け入れを表明しました。
6 基本合意の締結
その後、裁判所からの第2次和解所見の提示を経て、2011年6月28日、B型肝炎訴訟全国原告団・弁護団は、札幌地方裁判所の和解所見を受け入れ、国との間で基本合意を締結し、同日首相官邸にて菅首相の謝罪を受けました。
第3 基本合意の内容
1 基本合意の概要
基本合意では、次の(1)から(5)までの事由がある場合には、特段の事情のない限り、当該原告が集団予防接種等の際の注射器の使い回しによってB型肝炎ウイルスに持続感染する等の被害を受けたものとするとされています。 なお、和解金額は、上記で述べたとおり、慢性肝炎1250万円、肝硬変(軽度)2500万円、肝硬変(重度)・肝がん、死亡3600万円とされています。
(1)B型肝炎ウイルスに持続感染していること
(2)満7歳になるまでの集団予防接種等
(3)集団予防接種等における注射器の連続使用
(4)母子感染ではないこと
(5)その他集団予防接種以外の感染原因がないこと
2 母子感染否定要件
上記の要件のうち、最も重要になるのが、(4)の母子感染否定要件になります。以下、この要件について簡単に説明します。
(1)母親が生存している場合は、母親のHBs抗原陰性かつHBc抗体陰性または低力価陽性であることが要件となります。
この事実で立証できるのが、原告の母親が原告を出産当時、B型肝炎のキャリア患者でなかったことということになります。
ここでHBs抗原のみならず、HBc抗体も必要とされている理由について述べると、s抗原は、加齢とともに(特に高齢になると)陽性から陰性になる(陰転化する)ことがあることから、s抗原陰性のデータのみでは足らず、c抗体のデータも必要ということにされています。
(2)母親が死亡している場合は、(1)の立証は困難であることから、補完的に以下の2つの立証方法が合意されています。
①母親生前のHBs抗原陰性(ただし、検査時の年齢が80歳未満)
②年長の兄弟がHBs抗原陰性かつHBc抗体陰性または低力価陽性
①について、検査時の年齢が80未満であることが必要な理由を述べると、検査時の年齢が80歳未満であれば、母親が過去にキャリアで、加齢により陰転化後検査した人である可能性は低い(逆の言い方をすると検査時も出産時もずっと非キャリア)と言えるので、母子感染を否定できるということです。
3 基本合意の用い方
基本合意は、上で述べたように、原告と被告、裁判所が論争し批判し合いながら、知恵を出し合いながら作ったものです。決して所与のものとして金科玉条のように扱うべきものではありません。基本合意書を見ても分かるとおり、各要件には、補充要件というべきものを定めており(例えば、上記の母子感染否定要件では、「医学的知見を踏まえた個別判断により,母子感染によるものではないことが認められる場合」という要件があります)、柔軟な解決が可能となっています。これは、先の和解勧告の際の所見(救済範囲を広くとらえる方向で判断する)を踏まえたものであると言えます。
この東京地裁の和解でも、柔軟な解決がこれまで積み重ねられてきました。例えば、医学的知見を踏まえた個別判断により、母親の80歳以上のHBs抗原のデータしか残っていない原告についても多数和解が成立していますし、基本合意に書かれていない、三次感染や父子感染についても和解が成立しています。裁判所及び国に対しては、このような柔軟が解決を今後もされるよう求めたいと思います。
以上
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